昭和50年07月03日 朝の御理解
御理解 第26節
「信心に連れは要らぬ。一人信心せよ。信心に連れが要れば死ぬるにも連れが要ろうが皆逃げて居るぞ。日に日に生きるが信心なり。」
日に日に生きるが信心なりと云う事は、大変難しい事だと思います。けどもこの内容を分からせて貰い、体得させて頂きますと、成程信心に連れが要らん事が分かります。三代金光様がお言葉の中に、信心は日に日にサラで御座いますと、信心は日に日にサラで御座いますと。私は日に日に生きるが信心と云う事はそう云う事だと思うです。ただ今日も生きて居ったと云う事が信心ではないと。
日に日にサラと云う信心がその事が日に日に生きると云う事だと思います。様々な生き方をする人があります。我情我欲で一杯、又はそれこそ浮いた浮いたで終る人もあります。だからそれが信心ではないのです。日に日に生きるが信心とは日に日にサラという。今迄かって味合った事のない親身、信心の生活をする者の味合いと云うものが、更に頂けて行くと云う生き方ですから、言い変えますと日に日にサラと云う事は日に日に死んで行くと云う事になるのです。
云うならば日に日に空しゅうして行くと云う事です。そういう生き方から、私は日に日に生きるが信心と云う事が分かって来る。そういう信心が段々身に付いて参りますと成程連れは要らんと云う事になります。死ぬるにも連れが要ろうがと、よく死の道連れと云う事を申します。私共がそう云う日に日に新たな生き方でない生き方と云うものは人を頼り、物を頼り又は金に頼っての生き方、云うならばお金と云う連れがなからねば生きられないと思っている。
勿論それは金がなからねば、物がなからねば生きられませんけれども、そのためになら我情我欲であっては、いわゆるサラなものが生まれて参りません。我情我欲を離れての、言わば信心に精進させて頂く所から生まれて来ると云うか、云うならば恵まれると云うか、与えられると云うか、そこに人間の生きて行くための幸せの条件の全てが足ろうて来ると云う生き方。そこで私共はまあ一番手本は三代金光様を見れば分かる訳であります。仲々ああ云う境地と云うか。
心の状態は中々難しい事で御座いますけれども、結局そういう生き方を目指す生き方だと思います。日に日に生きる信心と云う事は大変難しいですね。日に日に生きるが信心と云う事は。けれども、唯その日に日に生きるが信心と云うそこに何とはなしにです、勢いを感じます。所謂新鮮なと云うか生き生きとしたと云うものを感じる。そう云う生き方の中から教えに基づく生き方をさせて貰う所から日に日にサラな物が心の上に生まれて来る。形の上にもそれは伴うて来る。
天地が生き通しに生きておるのですし、天地が限りない不思議な天地の心と云うのは、実意そのままですし、それこそ流れる水の様に流れて流れて止まない。如何にも同じ水が流れている様にあるけれども違う。言うならば流れ川三尺と云うて、例えば汚い物を洗うても三尺流れたらもう食べ物を洗うてもよいと云う様に是は天地の一部の姿です。所謂流れる水の様な生き方です。
だからしこりを残さない。いやありますかも知れません。けれどももうそれは流れ川三尺であっと云う間に流れ去って行くと云う生き方、そういう生き方を身に付けなければいけません。お道の信心も百十年と云うならもう百年も経って参りますとそれは百年と言えばあっと云う間ですけれども、大きなキリスト教とか仏教とかいう大きな宗教のそれに歴史に比較するならば、それこそ百年位あっと云う間に過ぎ去ったのですけれども、言わばたった百年経った内にです。
もう生きた働きを現す事が出来なくなっておる現在の金光教と云ってもよいのです。御取次成就信心生活運動が展開されてそういう運動が起こされてもう二十五年になる。素晴らしい事である。御取次神様の願いが成就して行くことの為の信心生活と云うのですから。ところが二十五年経った今日振り返ってみると、なら教団がひとつも大きくなって居ないと云うことの事実をね、私共が思わせて頂く時に如何に日に日に生きるが信心と云うものを見失っている教団と言えると言う事を私は思うです。
百年経って居る内に段々と金光教は迷信を云わない宗教だと云うのが一つの看板でもあります。迷信臭い事を言わない又迷信を言わない。何処までも万物の霊長である人間がさして頂く宗教だとまあ言いもし、私共もそう思っております。所がね教団内に迷信が出来てきた。金光教の中に迷信が生まれてきた。それはどう云う事かと言うと道と云う事を盛んに云う様になりました。あんたは道を間違えとりゃしないか、〇〇教会でおかげを頂いとった人が〇〇教会に移って参りますと道を間違えたと云う。
なら道を間違えたらどう言う事になるだろう。道を間違えたら愈々迷った事、生き詰まる事になるだろう。正しい道を歩いて居ったのが正しくない道を歩いたら、困った事になっていくでしょう。所がそれが迷信である証拠にです、例えば合楽の二十五年間の信心を振り返ってみると、随分あっちこっちの教会からの御信者さんが随分お参りをして、愈々合楽の信心に帰依すると云うか、おかげを頂いとる人達を見ると一番分かる。
もうそれこそ年々歳々おかげを受けて居ると云う事実なのです。道を間違えたら行き詰まる。道を間違えたら本当の事にはならない。だからそういう道と言うものの取り違いが、もう実に迷信的であると言う事です。成程金光教の信心は恩を説くのですから恩に報ゆる心は少しも揺るいではなりませんし思いを変えてはなりません。私は或る時に神様にお知らせを頂きました事は、「道と云う言葉に迷う事なかれ、道は教えを踏む外はなし。」と、頂きました。
私はお道の信心で云う道と云うのは、天地の道に出られなければならない。天地に交流する。その道に出て行かなければならない。しかもその道を辿らせて頂かねばならない。それが金光道であります。だから道と云う言葉に迷うてはならない。道は教えを踏む外はない。教えを踏んで行けば天地の大道に出ることが出来るからおかげを受けるのです。これは私は大の金光教の迷信だと思うですね。道を取り違えてはならない。
此処に参って見える若い先生方で布教に出ておられる方達が同じ様な意味の事を云われるのは、道に縛られてどうにも動きが取れないと云う事であります。そういう意味でです、私は今度の金光教の本部で新教監になられてからの一つの建前と云うか、スローガンの様な物が出来とります。その中に信心は自由でありしかも独創的な物でなからねばならないと打ち出しております。
信心は独創的なもの。それは何故かと言うと、教祖金光大神の信心が如何に大きいものであるか、偉大なものであるかと気付かせ頂く時に、その金光教の信心の中に赤もあれば青もある。青でなからなければ、赤でなからなければ違って居ると云う様な生き方ではないと云うことです。今日私ここに手紙がきておりますが、これは熊本の高瀬弘子と云うまだ教会になったばかり、ここで永く修行致しました。
もう高校の時分から、もう熊本からとにかく合楽の御理解を頂くのが楽しみで熊本から熱心に参って来よりました。非常に修行の強い女で、上熊本教会か何かお参りしとりました。それが高校を卒業して学院に入りました。学院に入りますのはその自分の手続きの教会ではなくて、自分の叔母さんに当たる方が山口でありますから、そこからの出ました。そして熊本に布教所を創りました訳で御座いますけど、もうそれは大変な事でありました。隣接教会が猛反対で出されなかった。
そこで本部直接にお願いに行って、いわば本部直接で道が開けた。教会が出来た。そしてまだ若い女の先生ですけど、人がどんどん助かる様になった。この人はどう言う事を言うかと云うと仲々話も上手ですし、理解力もあるんですけども、もう非常にこの霊関係の事を云うのです。言わば霊徳に触れて行くのです。だからその私が一時はね、そういう霊関係の事だけで人が助かる様な事ではでけん。
本当に所謂御教えに基づいて心が開けそして助かる事にならねばいけないよと云うてましたけれども自分はそう思い込んでおりますから、今にして思えばね、私はそれでよいと思うんです。 金光教の先生の中に霊専門に云う先生あってよし、山口の多布施教会なんかと云うのは、もうそれこそ矢張り日に千人からのお参りがあると云う事出御座いますが、そこの先生と云うのは手を当てて病気を治しなさる。御理解なんかじゃない、矢張り立派な金光様、御用も沢山出来て居られる、人がどんどん助かる。
去年ここに団体参拝して来ました尾道の教会もやっぱりそうです。先生は矢張り御祈念はして下さるけれども、痛い所を撫でてやんなさると病気が治った。だからそういう所には程度の低い信者ばっかりが集まって来るかと云うとさにあらずです。もう私は五十何名が見えましたが、どの一人ひとりをみても一騎当千という感じの人ばかりでした。特にたまげる事は、教育者が多かったと云う事です。
学校の先生、中学、高校、小学校と云った様な、だからああ云うのは金光教じゃないと云うて永年、云うなら教会になる事が出来なかったのですけれども。今度お許しを頂いて、その先生が亡くなられて。まあ色々信者同志云うところがあったとみえまして、ほんなここだけの為に一日二日掛りですか、で此処に参拝のおかげを頂いたんです。ですからねそういうのが金光教だ、こういうのが本なもんだとかと、金光教の中にはおさすりで金光大神の御名を唱えてそれで助かるなら、それで良いじゃないか。
しかもお徳である証拠に、ならそういう程度の低い人が集まるかと云うと。それ所ではない教学を昨日誰でしたかね。先生が云うてましたが教学ゆえ話が上手、ほらもう信者が集まるじゃろうと云うておったが、そう言う所に限ってからお爺ちゃんお婆ちゃんばっかりだと云う不思議な現象です。そこでなら金光教全体が眼を覚まさなければならないと言う事はです、結局助かる教会を目指さなければ駄目だと言う事であります。
そんならどことこ教会が助かっとるならば、どこどこ教会に御比礼が立って居るならば、そこの信心を一つ研究してみると云うか目指してみる。いわばそう云う様な信心が必要である。まあ合楽なんかも随分誤解を受けて、拝み信心だとか、云うならそれこそ人の口には戸は立てられません。色々に言われて参りましたけれども、合楽はもうとにかく拝むと云う事を先ずしません。云うならば先ず神様に朝昼晩よろしくお礼を申し上げるだけ。もう大祓い一つ上げません。
此処にお参りして来るかたたちは、みんな御理解を頂いとられますから、いわゆる心中祈念ばかり。それに年一回の夏期信行がはじまって今日で三日目、だからこの日だけは御祈念そのものが修行ですが、日頃参らない人達が一生懸命で腹のどん底から大祓奏上の修行をする訳です。もうこれは年に一月だけです。あんなに熱烈な天津祝詞、大祓詞、ああ云う拝み方をする。普通はもう何処までも教祖の御教えをいよいよ広く、いよいよ深く頂いて二十五年間です。
だから本当のものと云うなら大体お道の信心は話を聞いて助かるのだと。祈念祈祷で助かるのではない。霊様と云うことは仰っとられませんけど、云うなら教祖の神様は御信心の過去と云うものをひもといて見ると霊関係の事をもうて居られると云う事なんです。教祖様が手を触られただけで立ち所に、いざりが立ったと云う事実がある事なんです。私も二十数年前には霊関係の事も随分申しました。
けれども段々、段々信心を進めて参りますとです、例えどの様に霊の助かってない霊があってもです、私自身が助かれば皆さん自身が助かれば、その和賀心の糧を送ってやる事に依って霊が助かる。どういう深いめぐりがあっても、キリスト教で云う罪とか、仏教で云う罰とかと云った様なことをです、ではあってもです、どういう因縁があってもです、お道の信心で云う教祖様が仰る和賀心の前にはもうどう云う因縁でも、云うならば霜に煮え湯をかけるごとく消え去るのです。
と云う事が喝破された。分からせて頂いてもう霊関係も云う事は要らん。触ってやる事も要らんと云う事になるのです。随分以前は私に触って貰っておかげ、小児痲ひの手の上がらないのが途端に上がる様になったと云うおかげを頂いとります。ですからそう言う事は金光教じゃないと云うそれこそ白もあってよし、赤もあってよしでなかったら金光教は大きくなれない。
是が金光教だと云うて、助かりもしない信心を是だと云う。それで愈々私は発展もなければ比礼も輝かない事になって仕舞ったのはないかと思うんです。合楽示現活動が此処で起こされて当時に頂いとりました様に、それこそ燎原の火のようにその合楽示現活動と云う言葉を云う事は地名の事ではない、神も助かり氏子も立ち行くという、氏子と神が拝み合うて行く生活、お礼を言い合うて行く信心を合楽と云うのです。
そういう信心が一度おかげを頂かせて頂く事になってです、それこそ示現である。神様が不思議な不思議な働きを示し現すと云う事が示現と云う内容です。その不思議な不思議な働きを表し始めなさった。二十数年間お導きと云う事を一言も言わなかった合楽に、それこそお導き以上のお導きと申しましょうか、所謂それを合楽では示現活動に参画すると云って居る。そういう働きが起こって来る所にです。
云うならば年々歳々と云うよりも、云うならばもうそれこそ月々の上に信者が、増えておると云う事実を、私はも少し皆が研究しなければいけんのじゃないだろうか。今合楽の御取次成就信心生活運動の内容としてです、合楽示現活動に参画すると云う姿勢を示さなければいけんのじゃなかろうかと云う様にすら私は思うのです。道とか手続きとかそこに永年経っておる内にいつの間にかそれが迷信化して来た。
そしてそれが、ならそれを実行したからと云うておかげには一つもならないと云う大変窮屈な様子が感じられるようになって来た。道と云うのは、只教祖様の教えを守る以外にはない。そこから自ずと付いて来る道。しかもそれは天地につながって行く道。だから天地との交流も始まる。おかげの交流も又頂けると云う事である。これも神様に頂いたことですけれども、例えばここへも二十名の先生方が出来ました。八年間の間に二十名のお道の教師を志す人達が出来ました。
その先生方が例えばこれから布教にも出るでしょう。だからお前は合楽の手続きぞ、お前は合楽を忘れちゃいかんぞと云った様な事は言うまいと思います。それこそ、流れ来て流れ去らせる、こう頂いたです。流れ来たつもの、流れ来たつものを受け止めて、そしてそれを流れ去らせるのです。その流れ去って行きよるのを、こっちから追いかけて行く様な事ではいけないと云うのです。
それでも尚です、矢張り教えられた助けられたと云う思いが、言わば報恩の教えを説いてあります。ですから恩に報いる。そうしなければ居られないと、親の元へまた通って来る。それはまた別であります。それはそこから良いものが生まれて来る事は間違いない。 来ないからと云うて、来いと追いかけて行く様な、お前は手続きを間違えとりゃしないかと云った様な、愚の骨頂的な行き方だけは、もう今後の金光教からもう全廃して行かねばいけない。もう頭のガチガチになった様な先生に。
言うて聞かせても分からん。だからここに通って来る若い先生方だけには、その事を徹底私は話して居る。あなた方が親と呼ばれ師匠と呼ばれる様になったら、それこそ流れ来たったものを受け止めて、しかも流れ去らせる。それこそ水の流れに不平も非ずと云う姿勢を取らなければならない。そういう姿勢こそ私は日に日に生きるが信心だと云うのはそう云う事だと云う風に思います。
今日はこの二十六節から大変な大きな事になって参りました。ういう行き方にはもう絶対に連れは要らないのです。我信ずるところの道を只、只管に歩いて行くのですから、自分の行きよるとが本当やら本当じゃないやら分からぬん。先はどうなるやら分からんから人を誘わんならん。確信をもった行き方じゃないからです。その基になるものは勿論日に日に新たな心であります。
日に日に新それは日に日にさらなものが新たなものが、生まれて来ると云う事なんです。だからまた、言い替えると、日に日に死ぬると云う事。日に日に空しゅうして行くと云う生き方。そういう生き方からしか、新たなものが生まれて来ないと云う事が言えます。そういう生き方を身に付けての、信心生活でなければ、本当のおかげにはなって来ないと思うですね。
どうぞ。